M&Aにおいて基本合意書(MOU)の締結は省略できないのか? 基本合意書(MOU)を締結する理由
2025年6月20日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼
1.はじめに
M&Aにおいて、基本合意書(MOU)は取引の前提条件を明確にし、交渉の方向性を整理するために締結されます。しかし、中には基本合意書を省略する企業もあり、「基本合意書なしで直接最終契約に進めばよいのでは?」と考える方もおられるかもしれません。
この点、基本合意書の締結を省略する場合、交渉の不安定性が高まり、M&A成立の障害になる可能性もあります。本コラムでは、基本合意書を締結する理由と、省略した場合に生じる弊害に焦点を当てて解説します。
2.基本合意書(MOU)を締結する理由
基本合意書を締結する目的は大きく二つあります。
一つ目は、買い手と売り手でM&Aの基本条件の擦り合わせを行うことにあります。要するに、大枠での合意もできないような場合にはM&A自体が成立しない可能性が高く、主要な条件の目線合わせくらいはして交渉に入りましょうということです。
二つ目は、M&Aの交渉前に事前に決めておかなければ、後から紛糾する可能性や、情報漏洩などのリスクのある条件を事前に潰しておくことにあります。
以下に、これらの具体的な内容を解説します。
(1)M&Aの基本的な枠組み(大枠の取引条件)の明確化
M&Aを実行するためには、売り手と買い手が買収価格やスキーム、役員及び従業員の処遇など、多くの条件について交渉を行います。しかし、基本合意書がないと、双方が異なる考えの下で交渉が進み、後々のトラブルに繋がってしまう可能性があります。特に金額面の条件は後からゼロベースで交渉を行うと紛糾するケースが多いため、基本的な目線合わせは必須でしょう。
また、基本的な枠組みを決めておくことには、交渉を進める価値があるかスクリーニングを行う効果もあります。要するに、双方の希望条件が大きくかけ離れている場合、M&Aが成立しない可能性が高く、極端な話、交渉を行う価値に乏しいと言えるのです。
(2)事前にリスクを回避するための条件
① 交渉の独占性を確保する(ノーショップ条項)
基本合意書には、売り手が一定期間、他の買い手と交渉しないことを義務付ける「ノーショップ条項」を盛り込むことが一般的です。売り手が同時に複数の企業と交渉する場合、買い手の立場は非常に不安定なものとなり、多大な労力を掛けることに慎重になります。
基本合意によって独占交渉権を得ることで、買い手は安心して交渉を進めることができ、時間と労力を無駄にするリスクを回避できます。
② M&Aに関するコスト負担を明確にする
M&Aでは、デューデリジェンスやアドバイザー報酬などのコストが発生します。
これらのコストは小さくなく、非常に影響の大きいものです。そのため、いずれの企業がコスト負担をするのかは事前に明確にしておかなければ後々トラブルに繋がってしまう可能性があります。
また、途中で交渉が決裂した場合のトラブルを防ぐ意味でも、基本合意で条件を明確にしておくことが必要です。
③ M&Aに関する情報漏洩リスク
M&Aはその検討を行っているという事実すら機密情報とされるがケースあります。
特に売り手企業はM&Aを検討していることを取引先や従業員に知られたくないということもあるでしょう。また、M&Aを検討するにあたり、会計数値や従業員情報など、企業内部の機密情報も取り扱います。
M&Aに関する情報漏洩には細心の注意を払う必要があり、双方が秘密保持義務を負わなければ安心して交渉を進めることが出来ないのです。
④ デューデリジェンスの円滑化
M&Aでは、買い手が売り手の財務リスクや税務リスク、法務リスク、事業リスクをM&A実行前に調査する「デューデリジェンス」を実施します。これは買収監査と呼ばれることもあり、売り手企業からすれば調査を受けることが煩わしく感じることもあるでしょう。
しかしデューデリジェンスを省略することは非常にリスクの高い行為であり、一定規模以上のM&Aにおいては必須レベルの手続です。そのため、デューデリジェンスの実施を事前に了承してもらうことや、協力してもらうことを基本合意書に記載することで円滑に調査を進められるようにしておくことが必要です。
3.終わりに
基本合意書(MOU)は、無くとも取引を成立させることは可能ですが、M&Aの成功確率を高めるために重要な役割を果たしており、特別な事情の無い限りは締結することをお勧めしています。
基本合意を省略してしまうと、結果的に交渉の安定性を損ない、売り手・買い手双方にとってリスクを高めることに繋がってしまいます。
M&Aを成立させるためには、基本合意書を適切に締結し、売り手・買い手双方が共通の認識を持ちながら交渉を進めることが大切です。専門家の助言を得ながら、適切な内容を盛り込んだ基本合意書を作成しM&Aに臨みましょう。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。
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