IPOターゲット市場_どの市場を目指す? プライム市場編 上場時の審査基準と維持基準
2025年9月5日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼
1.はじめに
2022年4月に実施された東京証券取引所の市場再編により、プライム市場は「機関投資家との建設的な対話を中心に据える最上位市場」として位置づけられました。この再編の背景には、日本の株式市場の信頼性と魅力を国際的に高めるという意図があり、東京証券取引所として、海外の機関投資家が安心して投資できる市場環境を整備することで、グローバルな資本市場における競争力を高めたいという方針を見て取ることが出来ます。
こうした方向性を反映するように、プライム市場では、企業に対してより高度なガバナンス、透明性のある開示、そして中長期的な企業価値の向上に資する経営姿勢が求められています。
このような環境下において、単に上場基準を満たすだけでなく、上場後も継続して高水準の要件を満たし続けることが、プライム市場に上場する企業にとって重要なテーマとなるでしょう。
本稿では、プライム市場の概要についての解説と、「審査基準」と「維持基準」の違いを体系的に整理し、企業がどのような準備・体制を整え、どのような持続的な運用を求められるのかを、実務視点で読み解いていきます。
2.プライム市場とは
(1)プライム市場の概要と定義
プライム市場は、東京証券取引所の新市場区分において最上位に位置付けられる市場であり、「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を重視する投資家との建設的な対話」を基盤としています。
要するに、プライム市場に上場する企業には、上場企業の中でも特に高度なガバナンス体制と、透明性の高い情報開示が要求されているのです。
(2)プライム市場の対象企業像
① グローバル水準での開示・統治が求められる
国際的な機関投資家を主要な投資者層とするため、企業には英語による情報開示や多様な社外取締役の導入など、グローバル基準に適合する体制整備が期待されています。
② 機関投資家との対話を前提とした市場設計
プライム市場では、コーポレートガバナンス・コードの「すべての原則」に対して遵守または理由の説明(コンプライ・オア・エクスプレイン)が求められます。この点、スタンダード市場においても全ての事項に対応が求められていますが、プライム市場ではより厳格な水準での適用と、機関投資家との対話を意識した実効的運用が強く期待されている点が特徴といえます。
形式的な対応にとどまらず、開示の質、説明の整合性、経営との一体性といった面で一層深い水準での対応が求められます。
3.上場時の審査基準
(1)形式基準
プライム市場に上場するためには、以下のような形式基準を満たす必要があります。
- 株主数:800人以上
- 流通株式数:20,000単位以上
- 流通株式時価総額:100億円以上
- 流通株式比率:35%以上
- 事業継続年数:3年以上
- 純資産:50億円以上
- 利益基準:連結経常利益が直近2年間で合計25億円以上(または時価総額1,000億円超などの代替基準)
(2)実質基準
- 経営の継続性と収益性
- 健全な財務状態
- 実効性のあるガバナンス・内部統制体制
- 適時・適切な情報開示体制
- 社外取締役の導入(取締役会の3分の1以上)
- 英語による開示(任意開示を含む)など
4.上場後の維持基準
(1)維持基準の構成要素
- 株主数:800人以上
- 流通株式比率:35%以上
- 流通株式時価総額:100億円以上
- 純資産:正
- コーポレートガバナンス・コードの全原則(一段高い水準の内容)への対応
- 適時開示体制の実効性
- 英語開示(2025年4月以降は原則義務化)
- 社外取締役の独立性確保
(2)維持が困難となる要因
- 株価の下落による時価総額未達
- 社外取締役の退任
- ESG関連開示の遅延や未対応
- 英語開示体制の未整備 など
5.上場時と維持時の落差をどう乗り越えるか
(1)対比:審査時と維持時の形式基準の違い
プライム市場においては、上場時の審査基準と維持基準は多くの点で共通しています。
すなわち、上場を果たした後も、株主数、流通株式数、時価総額、株式比率などを毎年満たす必要があります。したがって、これらは一時的な対応ではなく、継続的にモニタリング・改善する体制が必要となります。
項目 | 上場時の審査基準 | 上場後の維持基準 |
株主数 | 800人以上 | 同左 |
流通株式数 | 20,000単位以上 | 同左 |
流通株式時価総額 | 100億円以上 | 同左 |
流通株式比率 | 35%以上 | 同左 |
財政状態 | 純資産50億円以上 | 純資産が正 |
(2)高度なガバナンス体制を運用するための実務的工夫
プライム市場においては、形式的な体制整備だけでなく、実際にガバナンス体制が機能していることが求められています。それ自体は他の市場でも求められていますが、プライム市場においては高い水準で継続的に運用されており、さらにこれを外部に対して説明する能力まで要求されているのです。
これらの運用は、単なるガイドライン上の対応ではなく、企業文化として根付くレベルであると考えるのが良いかもしれません。これには、経営層がガバナンスを「戦略の一部」として捉え、社内外に対する説明責任を積極的に果たす姿勢が必要となります。
6.終わりに
プライム市場は、上場時の基準が厳しいだけでなく、基準を維持することにも体制と実務能力が求められています。プライム市場に上場することは海外の投資家の目に触れること、引いては海外のトップクラスの市場に所属するということを意識しなければなりません。
そのために他の市場に比べて最上位と位置付けられるだけの要求水準があり、これらは一度クリアすれば終わりでなく、以降も条件を満たし続けることが必要なのです。
本稿が、プライム市場を目指す企業、あるいはすでに上場している企業にとって、その在り方を再確認する参考になりますと幸いです。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。
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