役員退職金の金額はどのように決める?税務上の許容額の計算方法と目安
2025年11月10日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼
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1.はじめに
役員退職金(退職慰労金)は、役員としての職務に対する企業への貢献に対して支給される制度です。
特に中小企業においては、経営者の引退や事業承継の節目に出てくることが多く、代表取締役や創業者、創業家への利益還元の方法の一つとしても捉えられています。
役員退職金の金額は、法令上の制限が設けられているわけではありませんが、法人税法上の損金算入については一定の妥当性が求められます。そのため、実務では標準的な計算方法や社内規程を活用し、客観的な基準がどの程度なのかを知っておくことが必要です。
本稿では、役員退職金の意義、支給手続、計算方法、制度設計上の留意点を整理し、基本的な知識として提供します。
2.役員退職金の意味と支給手順
(1)役員退職金とは
役員退職金(退職慰労金)は、役員が退任または死亡した際に、その在任中の功績に応じて会社から支給される金銭を指します。給与や賞与とは異なり、退職に伴う一時金であり、所得税法上は「退職所得」として扱われます。この退職所得には一定額の控除や特別な税率など、他の所得区分と異なる課税方法が適用されます。
また、退職慰労金は会社法の視点からは「取締役の報酬、賞与その他職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」に該当します。そのため、支給には定款または株主総会の決議が必要とされます。ただし、定款に明記されているケースは少なく、通常は株主総会の決議によって定められます。
(2)支給手順
① 株主総会での決議
株主総会では、退職慰労金の支給を決議します。実務上、具体的な金額を記載せず、取締役会に詳細決定を委任する方法も広く用いられています。この場合でも、株主が判断できるよう、退職金の支給基準は何らかの形で示す必要があります。支給基準は客観性のある社内規程として定めることを推奨しますが、慣行であっても基準として機能していれば差し支えありません。
② 取締役会での詳細決定
株主総会で支給の承認が得られた場合、具体的な支給時期、支給方法は取締役会で決定します。株主総会で具体的な金額まで決議しなかった場合、取締役会にて規程等のルールに従って決定します。
株主総会参考書類に基準を記載するほか、基準を本店に備え置き、株主が閲覧できるようにする措置がとられることもあります。株主から質問があれば、取締役は説明を行う必要があります。
③ 決議がない場合の取扱い
株主総会の決議がなければ、たとえ社内規程や慣行があったとしても、原則として取締役は退職慰労金を請求することは出来ません。
ただし、株主が支給を承諾したうえで支給が実行された場合、決議がなくても有効とされた事例もあります。これは、株主の賛同が得られたものと同視できるためであり、原則として株主総会の決議は必要であると思っておいた方が良いでしょう。
3. 役員退職金の計算方法
役員退職金の額は基本的に会社側で決定するものですが、法人税上は損金算入できる額に限度があります。
この限度額の計算方法が明文化されているわけではないのが厄介なところなのですが、一般的に以下のように算定されます。
(1)基本的な計算方法
具体的な計算方法について、幅広く用いられている方法しては次のような算定式があります。
計算式は法令に定められている訳ではなく、この方法でければ認められないというものではありませんが、多くの企業が採用していることから一定の判断基準となるでしょう。
退職金額 = 最終月額報酬 × 在任年数 × 功績倍率
最終月額報酬は、退任時点の役員報酬を用いる場合や、過去の役員報酬の報酬水準まで加味する場合などがあります。
在任期間については、年単位で計算する方法のほか、在任月数で計算する方法もありますが、いずれにしても在任期間と功績倍率をベースとした根本的な計算ロジックに変わりはありません。
功績倍率は、役員の貢献度や職務内容などに応じて設定される数値で、退職金額の算定における主要な要素の一つです。
(2)功績倍率の目安と実務的な考え方
功績倍率は法令で定められたものではなく、企業の状況や役員の職務内容によって設定されます。過去の判断事例においても、倍率に一定の幅があることが示されており、こちらも絶対的な基準は存在しません。
実務における参考値として、役職別に次のような目安が用いられることがあります。
これは過去の判例や国税不服審判所裁決などで参照されることから一定の基準とされていると思われますが、判例としてこの倍率が妥当としたわけではありません。
これもまた唯一絶対の尺度ではありませんが、あくまで「このラインであれば税務上認められる可能性が高い」という水準であると考えましょう。
実際、この倍率を超える支給が認められるケースもあります。
- 代表取締役社長 : 3.0倍
- 専務取締役 : 2.4倍
- 常務取締役 : 2.2倍
- 平取締役 : 1.8倍
- 監査役 : 1.6倍
功績倍率の設定にあたっては、倍率の妥当性は企業ごとに異なり、個社の実情に即して設定する必要があります。
(3)社内規程の整備の重要性
功績倍率を含む退職金の計算方法については、社内規程に明文化しておくことで、支給の合理性や一貫性を確保することができます。これは税務上の根拠としても有効であり、退職金規程(退職慰労金規程)を整備することで、透明性が高まり、公平性も保たれることから社内外からの理解を得やすくなります。
なお、当然のことではありますが、規程に基づき支給額や支給方法が決まることから、株主総会および取締役会の決議内容は整合していなければなりません。
4.実務上の留意事項
① 財政的視点からの支給余力(キャッシュ余力)
退職金を支払うためには現金(預金)等の資金を必要とします。
たとえ損金算入の対象となるとしても、十分なキャッシュがなければ支給そのものが困難となるため、手元資金の状況や運転資金の確保を踏まえて支給額・支給時期を検討する必要があります。
② 生命保険等の活用
役員退職金の支給原資として、法人による生命保険契約を活用する方法が実務上幅広く用いられています。退任時に生命保険解約することで、解約返戻金を原資として退職金を支給するという流れです。
多くの場合、解約時には解約返戻金が収益として計上され課税所得の増加要因にもなる点も注意が必要です。ただし、契約からの期間などの要因によって、解約時に収益でなく損失となってしまう可能性もあります。
③ 源泉徴収の実施
退職金の支給にあたって、退職所得に対する源泉徴収が必要です。
企業側は通常の給与と同じく源泉徴収義務を負っていいます。源泉徴収(納税)漏れがあった場合にはペナルティを課される可能性があることには注意し、源泉徴収漏れないように気を付けましょう。
5.終わりに
役員退職金は、役員の貢献に対する報酬として位置付けられ、支給額に明確な法律はありません。
しかし、法人税法上「不相当に高額」であると認められた場合には、損金不算入とされる可能性があり、税務上損金不算入額を意識すると必ずしも自由に決められるものではありません。
反対に言えば、税務上損金不算入(有税で支給)するのであれば、いくらを支給しても良いわけです。
この税務上の限度額について、功績倍率や在任期間、報酬水準といった要素をもとに合理的な算定根拠を持つことは、対外的に支給額が適当であることを主張するのに有効です。また、社内規程の整備や意思決定手続の明確化も、税務上の適正性を支える重要な要素です。
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