長期滞留債権に対する会計上と税務上の取り扱いの違い 貸倒引当金(貸倒損失)計上基準の違い
2024年10月23日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼
1.はじめに
売掛債権や貸付金などの債権は、その債務者の財政状態悪化などが原因で回収が困難になることがあります。特に、長期間にわたり回収されない債権は長期滞留債権と呼ばれ、引当金の計上が求められます。しかし会計上の要請と税務上の取り扱いは統一されておらず、企業会計上と税務会計上の違いを理解する必要があります。
本コラムでは、長期滞留債権に対する貸倒損失(貸倒引当金)の会計上と税務上の取り扱いの違いについて解説します。
2.長期滞留債権とは
長期滞留債権とは、回収期限から一定期間を経過しても債権が回収されず、将来的な回収の見込みが薄くなっている債権を指します。例えば、売掛債権や貸付金の内、回収期限を超えているにも関わらず、長期間代金の回収が出来ていない債権が該当します。
この長期間というのがどの程度の期間かについては、会計上と税務上で少し捉え方が異なります。
例えば売掛金の例を挙げてみますと、信用が重視される日本の取引慣行において、債権回収が滞る時点で一定の異常性はあるものと思われます。そのような点を考慮すると、企業会計上の基準期間は通常一年を超えることは稀であり、数ヶ月の滞留から回収可能性の低下を懸念する必要があると思われます。それに対し、税務上、貸倒損失処理が可能な滞留期間は1年間と明確にされています。
このように、企業会計上と税務会計上、長期滞留債権はその対象範囲や取り扱いが異なっていますので、以降でそれぞれの取り扱いについて解説します。
3.会計上の取り扱い
会計上、長期滞留債権が発生してしまった場合、貸倒引当金の計上を検討する必要があります。
企業会計上、金融業など特定の業種を除き、債権を(1)一般債権、(2)貸倒懸念債権、(3)破産更生債権等の三段階に区分して貸倒引当金を計算します。
これらの区分は、通常、破産更生債権等に近づくほど引当率を高めることが求められます。
長期滞留債権については、(2)貸倒懸念債権、又は(3)破産更生債権等に該当する可能性が高いといえるでしょう。
(3)破産更生債権等については、法的、形式的に破綻の事実が発生している場合や、実質的に経営破綻に陥っているケースが該当します。入金遅延が発生した初期の段階では、法的な整理が行われていることが明確でない限り、(2)貸倒懸念債権に該当する可能性が高いでしょう。
(2)貸倒懸念債権、及び(3)破産更生債権等のそれぞれの引当金の計算方法は以下の通りです。
貸倒懸念債権 : キャッシュ・フロー見積法、財務内容評価法
⇒貸倒懸念債権については、二つの評価方法が認められています。
一つ目は「キャッシュ・フロー見積法」であり、将来のキャッシュ・フロー(要するに回収予定額と受取利息)を現在価値に割り引く方法です。これは債権の返済予定が明確な場合などに適用可能な方法であり、長期滞留は発生しているものの、債務者との間で返済計画等が合意できていない場合には適用が難しい可能性が高いです。
二つ目は「財務内容評価法」です。債権額全体から担保の処分見積額及び保証による回収見込額等を控除し、債務者の支払能力等の状況を加味して引当金額を計算します。
この支払能力等の加味方法については、対象企業の財務内容を評価することが一般的ですが、必ずしも決まった方法があるわけではなく、対象企業の資金繰り状況などを考慮することもあります。
ただし、キャッシュ・フロー見積法も、財務内容評価法も、債務者との間の合意や決算書情報等が必要であり、債務者からの情報に依存する部分があります。結果、必ずしも即座に必要な情報を入手することが出来ない場合も考慮しておかなければなりませんので、滞留期間が〇ヶ月の場合には〇%を引当金として設定するといった企業内部のポリシーの設定も重要となります。
破産更生債権等 : 財務内容評価法
⇒破産更生債権等では、財務内容評価法しか認められません。
基本的に債権額全体に対して貸倒引当金を計上します。ただし、債権額から担保の処分見込額及び保証による回収見込額がある場合にはこれを控除します。
通常、債権は突然正常債権から破産更生債権等になるのではなく、財政状態の悪化により貸倒懸念債権を経て債権者の区分が悪化していくものと思われます。
この貸倒懸念債権の区分についてどの程度の貸倒引当金を設定するのかは非常に重要ですが、会社のポリシーによって債権の評価(引当金の計算結果)が変わるため、企業によって貸倒引当金の計算方法は一様ではありません。
4.税務上の取り扱い
税務上、長期滞留債権は一定の要件を満たすか否かで貸倒損失が計上できるかどうかが決まります。税務上は「貸倒損失として処理できる場合」として、長期滞留債権の処理が整理されていますので、本項の解説では貸倒引当金ではなく、「貸倒損失」と表現しています。
具体的に税務上損金算入が可能な場合は以下の3パターンとなります。
(1) 金銭債権が切り捨てられた場合 | |
(2) 金銭債権の全額が回収不能となった場合 | |
(3) 一定期間取引停止後弁済がない場合等 |
長期滞留債権は上記3パターンの内、(3)一定期間取引停止後弁済がない場合等に該当します。
それでは、(3)一定期間取引停止後弁済がない場合等とはどのような場合なのかを解説します。
まず、対象とする債権は、売掛債権(営業債権)が対象となります。
そのため、貸付金や一部不動産取引によって発生した債権は該当しない(損金算入できない)ことに留意が必要です。それを踏まえたうえで、以下いずれかの要件を満たす必要があります。
① | 継続的な取引先で、財政状態の悪化により取引が停止した場合で、取引停止又は最終の債務弁済の遅い方から |
一年間以上を経過している場合(ただし、担保があるような場合には除かれます) | |
② | 売掛債権の総額が取立費用よりも少なく、支払を督促しても弁済が無い場合 |
上記の内、②については取立費用を加味すると実質債権回収が出来ないケースですので、本稿での解説は省略し、①の場合についてまとめると、「売上債権」であること、「継続的に取引」をしていたこと、「財政状態の悪化」により取引が止まり、その取引停止又は最終弁済から「一年間以上経過」していることが求められています。
簡略化した図は以下の通りです。
5.最後に
長期滞留債権に対する貸倒損失や貸倒引当金について、会計上と税務上の取り扱いの違いを理解することは、企業会計の適用が義務付けられる上場企業や会社法上の大会社にとっては非常に重要です。
会計上は引当金を計上して早期にリスクを反映させる一方、税務上は実際の回収不能を条件に損金算入が認められるため、両者の差異を認識し、適切な対応を行うことが求められます。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。