主要東証市場(プライム、スタンダード、グロース)以外の市場への上場という選択肢 地方取引所(名証、福証、札証)とTOKYO PRO Marketの可能性
2025年9月1日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼
1.はじめに
企業が新規株式公開(IPO)を目指す際、上場先としてまず想起されるのは東京証券取引所のプライム、スタンダード、グロースの3市場でしょう。東京証券取引所におけるこれらの市場は知名度が高く、上場先の選択肢として広く認知されています。
しかし、昨今ではこれら以外の市場、すなわち札幌・名古屋・福岡といった地方証券取引所や、特定投資家向け市場であるTOKYO PRO Marketへの関心が高まりつつあります。市場再編や情報開示義務の強化といった制度的変化に加え、地域経済の振興やスタートアップ支援の観点からも、これら市場の役割は見直されつつあります。
本稿では、そうした市場の制度概要や選択にあたっての実務的視点を整理し、企業にとっての新たな上場戦略の選択肢を探りたいと思います。
2.上場市場の全体像と再編の意義
(1)東京証券取引所のプライム、スタンダード、グロース市場
東京証券取引所は2022年に市場区分を再編を行い、従来の1部・2部・マザーズ等の枠組みを見直し、新たにプライム、スタンダード、グロースの3市場体制に整理されました。
各市場は以下のように位置づけられています。
- プライム市場は、大企業を対象とし、高いガバナンス水準と流動性が求められます。
- スタンダード市場は、中堅・安定企業を想定し、一定の流動性とガバナンスを満たすことを前提としています。
- グロース市場は、スタートアップや成長企業を対象とし、過去の利益実績よりも成長性を重視しています。
これらの市場はそれぞれに上場基準が設定されており、継続的な開示やコーポレート・ガバナンス報告書の提出などが義務づけられています。
(2)地方証券取引所やTOKYO PRO Marketについて
一方、地方証券取引所(札幌、名古屋、福岡)およびTOKYO PRO Marketは、企業規模や成長ステージに応じて、より柔軟に上場を実現できる制度設計となっています。これらは上場コストや制度的負担を抑えつつ資金調達、上場を実現したいと考える企業や、時価総額を比較的コンパクトに上場することを目指す企業にとって現実的な選択肢となり得ます。
3.地方取引所の可能性
地方証券取引所は、それぞれの地域経済との強い結びつきを背景に、地場企業の成長支援を主眼とした制度運営がなされています。地方金融機関や自治体、地域VCとの連携も多く、地域密着型の市場が多いことが特徴です。
(1)名古屋証券取引所(名証)
- プレミア市場:一定の業績・ガバナンス体制を備えた成熟企業向け。東証でいうプライムに例えられることもあります
- メイン市場:安定成長段階にある中堅企業を対象。東証でいうスタンダードに例えられることもあります
- ネクスト市場:スタートアップや成長企業向けで、形式基準が比較的緩やか。東証でいうグロースに例えられることもあります
(2)福岡証券取引所(福証)
- 本則市場:地域の安定企業を対象とし、制度設計は東証スタンダードに近い市場です。
- Q-Board:ベンチャー企業や創業間もないスタートアップ企業の上場を支援する市場です。
(3)札幌証券取引所(札証)
- 本則市場:北海道の中堅・安定企業向けの市場です。
- アンビシャス市場:北海道地域の成長企業、赤字企業でも上場が可能とされています。
これらの市場では、比較的低コストでの上場が可能であり、上場審査の柔軟性も特徴の一つとされています。また、地元での知名度向上や人材採用にも寄与するというメリットも挙げられます。また、最近では東証グロース市場の維持基準の見直しもあり、コンパクトな時価総額の上場を目指すうえでも有益です。
ただし、以下のような制約もあることには注意が必要です。
<代表的な制約>
- 流動性が限定的で、投資家層の拡大に課題が残る
- 東京証券取引所と比較して知名度が低い
- 将来的に市場変更を目指す場合、再審査や基準適合が必要
- 関与可能な監査法人・主幹事証券の選択肢が限定される可能性がある
4.TOKYO PRO Marketの可能性
TOKYO PRO Marketは東京証券取引所が運営する特定投資家向け市場であり、一般投資家ではなく、一定の知識・経験を持つプロ投資家のみを対象としています。
形式的な上場基準(売上・利益・株主数など)が設けられておらず、実質的な体制整備と透明性の確保が主な要件となります。J-Adviserと呼ばれる認定アドバイザーが企業を継続的に支援する体制も特徴で、一般市場でいう主幹事証券に近い役割を担います。
(1)特定投資家向け市場としての意義
- 上場基準が簡素で、柔軟な資本政策の設計が可能
- J-Adviserが開示内容のチェックや企業支援を実施
- 上場までの準備期間が比較的短く、コストも抑えやすい
(2) スタートアップとの相性
TOKYO PRO Marketは近年、上場件数が着実に増加しており、スタートアップにとって初期段階での信頼性向上や資金調達を図る手段としても有益です。また、形式基準に縛られずにオーナー支配を維持したまま資本市場にアクセスできる点も魅力の一つでしょう。将来的に東京証券取引所の他市場への転換を視野に入れた「段階的な上場戦略」の一部としても活用されています。
ただし、資金調達の面においては一般市場に比べその実行可能性や調達規模が小規模になりやすい点については注意が必要です。上場にあたり資金調達を前提とする場合、TOKYO PRO Marketにおいて目的を達成できるか慎重な検討が必要です。
5.終わりに
企業がどの市場で上場を目指すかは、事業フェーズや経営戦略、内部体制の整備状況などに応じて多様です。東京証券取引所の一般市場は高い社会的信用と市場流動性が得られる一方で、準備に要する期間・コスト・体制構築の負担があります。
そのため、状況によっては、地方証券取引所やTOKYO PRO Marketといった比較的制度的負担の軽い市場を選択することも合理的な判断となり得ます。これらの市場は、上場準備の柔軟性や地域金融機関との連携、企業規模に応じたサポート体制といった独自の強みを備えており、特定のステージにある企業にとっては有力な選択肢となり得ます。
もちろん、どの市場を選ぶにせよ、上場は「ゴール」ではありません。
上場は通過点に過ぎず、市場選定にあたっては、自社にとっての最適解を冷静に見極め、中長期の戦略に即した意思決定を行うことが肝要です。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。
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