スタートアップ企業における税制非適格ストックオプション その3 信託型ストックオプションの場合における企業、従業員双方の課税関係の整理
2025年8月18日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼
1.はじめに
スタートアップ企業にとって、優秀な人材の採用と定着は企業の成長戦略において対処すべき重要な課題であるといえます。その手段の一つとして非常にメジャーな方法としてストックオプション制度があり、実際に多くの企業で導入されています。
ストックオプションは、企業の成長に伴う株価の上昇メリットを従業員等と共有する仕組みであり、企業と従業員の利害を一致させることから従業員等のモチベーションを引き出す効果を期待できます。
しかし、スタートアップ企業においては企業後期間を経過するほど企業価値が上がる傾向にあり、税制適格ストックオプションを発行しようとすると利益が小さくなる可能性があります。
このような課題を解決するため、信託型のストックオプションというスキームが存在し、このスキームを用いれば後々権利行使価格を抑えた形でストックオプションを発行できる可能性があります。
本稿では、税制非適格ストックオプションの中でも信託型の形態を取り上げ、制度の概要と課税関係、企業側の実務対応について整理します。
2.ストックオプション制度と税制適格、非適格
(1)ストックオプション制度の概要
ストックオプションとは、あらかじめ定めた価格で自社株式を将来的に購入できる権利を指します。これは役員や従業員への報酬制度の一環として機能し、企業価値の向上と人材インセンティブの両立を目的としています。
(2)税制適格・非適格の区分とその意義
税制適格ストックオプションは、租税特別措置法上の一定要件を満たすことで、株式譲渡時まで課税が繰延べられるメリットがあります。一方で、税制非適格ストックオプションは、権利行使時など早期の段階で課税が生じる可能性があります。この課税のタイミングは株式の売却代金を得る前で手元資金が無い状態で課税される可能性もあることから、税制適格を選択する非常に大きなメリットと言えます。
この点、信託型ストックオプションは、税制非適格ストックオプションに該当するものとされています。
3.信託型ストックオプションの仕組みと特徴
信託型ストックオプションとは、予め会社がストックオプションを信託に対して時価で発行(有償)し、そのストックオプションを信託財産として管理します。
そして発行企業が一定の基準に応じて従業員等に後々ストックオプションを付与するスキームです。この方式では、付与後にストックオプションの権利行使価格がすでに固定されている点が最大のメリットであり、企業価値の増大に伴う権利行使価格の引き上げを防止することが出来ます。
特に上場準備中の企業にとっては、税制適格ストックオプションを付与する場合、上場が近づくにつれて新たに発行されるストックオプションの株価評価が上昇(結果、権利行使価格引き上げられる)し、相対的にストックオプションの価値が低下してしまう可能性があります。
このような場合であっても、信託型ストックオプションを活用すれば、上場直前期においても優秀な人材へのインセンティブとして効果的に機能する点が大きな特徴といえるでしょう。
なお、本稿において、信託型ストックオプションの前提として、以下のようなスキーム(手順)を前提としています。
本稿におけるスキームに従うと税制非適格にあたり、それを前提で解説を行っていますが、信託型であるからといって全てが税制非適格となるわけではなく、信託型であっても税制適格で発行することは可能です。
- 発行会社またはその代表者が信託会社に資金を信託し、法人課税信託を組成
- 信託会社が譲渡制限付きストックオプションを時価で取得
- 発行会社が貢献度等に応じて従業員等を受益者として指定し、信託からストックオプションを付与
- 役職員がストックオプションを行使して株式を取得
- 株式を売却
4.ストックオプション付与対象者(従業員等)の課税関係の整理
(1)信託組成時の課税関係
信託組成時点では、まだ受益者が指定されておらず、特定の個人に経済的利益が帰属していないため、従業員等には課税関係は発生しません。
(2)ストックオプション発行時の課税関係
信託がストックオプションを取得する段階においても、時価で取得することを前提とすれば経済的利益は発生しておらず、課税関係は発生しません。なお、従業員等にとってみればストックオプションを所有すらしていない状態ですので、当然課税関係はありません。
(3)ストックオプション付与時の取扱い
ストックオプションの発行会社が従業員を受益者として指定し、信託からストックオプションが付与された段階においても、課税関係は発生しません。なお、ストックオプションを付与された従業員等は信託がストックオプションを取得した際の取得費を引き継ぐこととなります。
(4)権利行使時の課税
行使により株式を取得した段階において、株価(行使時の時価)と取得価額との差額は経済的利益とされ、給与所得として課税対象になるとされています。たとえば、株価800円、信託取得価額50円、行使価額200円であれば、差額の550円が給与所得となります。
(5)株式譲渡時の譲渡益課税
取得した株式を売却した場合には、譲渡価額と行使時の株価との差額が譲渡所得として課税されます。
5.源泉徴収と企業側の実務対応
(1)源泉徴収義務とその背景
権利行使時の給与所得については、発行会社に源泉徴収義務が課されます。怠った場合には、不納付加算税・延滞税等のリスクがあるため注意しましょう。
(2)実務上の注意点
信託型ストックオプションは、行使時に現金が支給されないにもかかわらず源泉徴収義務が発生するため、失念してしまう可能性もあります。もしも源泉徴収が漏れた場合、会社が従業員から税額を求償せず、会社負担としてしまう場合、その源泉徴収相当額が従業員への経済的利益と見なされ、さらに給与所得として追加課税の対象となる点にも注意が必要です。
6.終わりに
本稿では、信託型を活用した税制非適格ストックオプションの仕組みと課税関係について解説しました。信託型ストックオプションは、企業が上場準備の終盤であっても、有効なインセンティブ報酬を用意出来る柔軟性の高い制度です。
しかし一方で、その仕組みが複雑であるがゆえに、課税タイミングや源泉徴収義務を含む税務リスクを正確に把握しておかないと、企業・従業員双方にとって予期せぬ負担が生じる可能性もあります。特に実務においては、信託契約の設計、ストックオプションの時価評価、源泉徴収処理など、多くの論点が絡み合うため、制度導入前に専門家の助言を得ることをお勧めします。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。
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