上場準備企業の指名報酬委員会は必要? 監査等委員会設置会社とIPOにおけるコーポレートガバナンス・コードの関係を解説
2026年8月3日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼
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1.はじめに
IPOを目指す企業では、上場審査や上場後の投資家対応を見据えて、取締役会の監督機能や社外役員の関与をどのように整理するかが重要になります。その中でも、監査等委員会設置会社を採用する場合に、指名報酬委員会を設置すべきかという点は、実務上よく検討されるテーマです。
結論からいえば、監査等委員会設置会社に、会社法上の「法定の」指名委員会・報酬委員会を設置する義務はありません。法定の指名委員会・報酬委員会は、指名委員会等設置会社において求められる機関です。
一方で、上場会社に適用されるコーポレートガバナンス・コードでは、指名・報酬に関する独立性、客観性、説明責任の強化が求められています。特に、監査等委員会設置会社で独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、独立した指名・報酬に関する諮問委員会の設置などにより、独立社外取締役の適切な関与と助言を得ることが求められています。なお、本稿でいう「独立社外取締役」とは、取引所の定める独立性基準を満たす社外取締役を指します。
本コラムでは、IPO準備企業が監査等委員会設置会社を採用する場合に、指名報酬委員会が必要かどうかについて、会社法上の義務と上場実務上の要請を分けて整理します。
2.監査等委員会設置会社と指名報酬委員会の関係
(1)監査等委員会設置会社の基本的な位置づけ
① 監査等委員会設置会社とは
監査等委員会設置会社とは、取締役会の中に監査等委員会を置く会社をいいます。監査等委員会は、監査等委員である取締役によって構成され、取締役の職務執行の監査や、取締役会における監督機能を担います。
従来型の監査役会設置会社では、監査役が取締役とは別の機関として監査を行います。これに対して、監査等委員会設置会社では、監査を担う者も取締役として取締役会に参加します。そのため、監査・監督の視点を取締役会の議論に反映しやすい機関設計といえます。
IPO準備企業においては、上場後のガバナンス体制を見据え、監査等委員会設置会社へ移行するケースがあります。実際に、上場会社全体でも監査等委員会設置会社の割合は年々増加しており、特に新規上場会社では主流の機関設計となっています。東証のコーポレート・ガバナンス白書でも、上場会社のガバナンスに関する統計データやコードへの取組状況が継続的に分析されています。
② 指名委員会等設置会社との違い
監査等委員会設置会社と混同されやすいものに、指名委員会等設置会社があります。
指名委員会等設置会社は、指名委員会、監査委員会、報酬委員会の三つの委員会を置く会社です。これらは会社法上の法定委員会であり、取締役の候補者選定や役員報酬の決定について、法律上定められた役割を担います。
ここで重要なのは、監査等委員会設置会社と指名委員会等設置会社は、そもそも会社法上の機関設計が異なるという点です。監査等委員会設置会社は、取締役会の中に監査等委員会を設ける機関設計です。一方、指名委員会等設置会社は、指名委員会、監査委員会、報酬委員会を法定機関として設ける機関設計です。
そのため、監査等委員会設置会社を選択した場合に、指名委員会等設置会社と同じ意味での法定の指名委員会・報酬委員会を設置しなければならないわけではありません。両者は名称が似ている部分があるため混同されやすいですが、会社法上は別の機関設計として整理する必要があります。
(2)法定の指名委員会・報酬委員会の設置義務
① 監査等委員会設置会社には法定設置義務がない
監査等委員会設置会社においては、会社法上の法定委員会として指名委員会・報酬委員会を設置する義務はありません。そのため、IPO準備企業が監査等委員会設置会社を採用する場合でも、会社法上は、指名委員会等設置会社と同じ意味での指名委員会・報酬委員会を設置する必要はありません。
ここで重要なのは、「会社法上の機関としての指名委員会・報酬委員会(指名委員会等設置会社にのみ認められる法定委員会)」と、「監査等委員会設置会社でも取締役会の諮問機関として設置できる任意の指名・報酬委員会」を明確に分けて考えることです。
法定委員会は会社法上の機関であり、その権限や構成について法律上の枠組みがあります。一方、任意の指名・報酬委員会は、会社がガバナンス強化のために自主的に設置する諮問機関です。
② 任意の指名・報酬委員会は設置可能
会社法上、監査等委員会設置会社が、指名委員会等設置会社と同じ意味での「法定」の指名委員会・報酬委員会を設置することは予定されていませんが、取締役会の諮問機関として任意の指名・報酬委員会を設置することは可能です。
要するに監査等委員会設置会社であっても、任意の指名・報酬委員会を設置することは可能であり、多くの上場準備企業が設置を検討します。
任意の指名・報酬委員会は、通常、取締役会の諮問機関として設置されます。たとえば、取締役候補者の選定、代表取締役の選解任、後継者計画、役員報酬制度、個人別報酬の決定方針などについて審議し、取締役会に答申します。
最終的な決定権限は、会社法や定款、株主総会決議、取締役会規程等に従って判断されます。任意委員会を設置したからといって、直ちに指名委員会等設置会社の法定委員会と同じ権限を持つわけではありません。
3.コーポレートガバナンス・コード上求められる対応
(1)任意の指名・報酬委員会が求められる背景
① 指名・報酬決定の独立性確保
コーポレートガバナンス・コードでは、取締役会が経営陣幹部や取締役の指名・報酬について、独立性と客観性を備えた形で関与することが求められています。特に、経営トップの選任、後継者計画、役員報酬の設計は、会社の中長期的な企業価値に大きく影響する事項です。
創業者や代表取締役の影響力が強い会社では、役員人事や報酬決定が特定の人物に依存しやすくなります。もちろん、創業者の強いリーダーシップが企業成長を支える場面は少なくありません。一方で、上場会社としては、重要な人事・報酬判断について、社外の視点を含めたプロセスを整備することが求められます。
任意の指名・報酬委員会は、このような独立性を補完する仕組みとして機能します。
② 客観性・透明性・説明責任の強化
上場会社は、株主や投資家に対して、取締役の選任理由や役員報酬の考え方を説明することが求められます。
任意の指名・報酬委員会を設置している場合、取締役候補者や報酬制度について、どのようなメンバーで、どのような観点から審議したのかを説明しやすくなります。当然、実際に審議を行い、その結果を取締役会に報告し、議事録や答申書として記録しておくことが重要です。
取締役会だけで意思決定を完結させる場合と比べて、任意委員会を通じた審議プロセスを設けることで、意思決定の客観性や透明性を高める効果が期待できます。
(2)監査等委員会設置会社における実務上の位置づけ
① 独立社外取締役の関与
コーポレートガバナンス・コード補充原則4-10①では、上場会社が監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であり、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、独立した指名・報酬に関する諮問委員会の設置などにより、独立社外取締役の適切な関与と助言を得るべきとされています。ここでいう諮問委員会は、指名委員会・報酬委員会に限らず、社外取締役を中心とした任意の委員会や会合の形式も含み得ると考えられます。
この点から、監査等委員会設置会社であっても、独立社外取締役が取締役会の過半数を占めていない会社では、任意の指名・報酬委員会を設置することは、制度趣旨を踏まえた実務上の有力な対応策と位置づけられますが、必ずしも唯一の対応方法ではありません。
IPO準備企業では、上場時点で独立社外取締役を複数名選任することが多いものの、取締役会の過半数まで独立社外取締役とする設計は、会社規模や人材確保の観点から容易でない場合もあります。そのため、任意委員会を通じて独立社外取締役の関与を明確にする実務対応が現実的であるといえるでしょう。
② コンプライ・オア・エクスプレインへの対応
コーポレートガバナンス・コードは、各原則をそのまま実施するか、実施しない場合には理由を説明するという考え方を採用しています。そのため、任意の指名・報酬委員会を設置しない場合でも、直ちに法令違反となるわけではありません。ただし、上場会社としては、設置しない理由や代替的なガバナンス体制について、合理的に説明できる必要があります。
IPO準備企業の場合、上場後に初めて対応を検討するのではなく、上場準備段階から、コーポレートガバナンス・コードを意識した体制整備を進めることが望ましいと考えられます。
4.IPO準備企業で任意の指名・報酬委員会が推奨される理由
(1)上場審査・投資家対応を見据えた必要性
① 上場会社水準のガバナンス体制の整備
IPO準備企業では、上場申請に向けて、内部管理体制、会計管理体制、適時開示体制、取締役会運営など、幅広い体制整備が求められます。その中で、役員人事や役員報酬の決定プロセスも重要な検討事項になります。
任意の指名・報酬委員会を設置することで、取締役候補者の選定や報酬決定について、取締役会から独立した視点を取り入れることができます。特に、社外取締役が委員として関与することで、上場会社として求められる監督機能を具体的に示しやすくなります。
上場会社のガバナンス状況は、投資者にとって重要な情報です。IPO準備企業においても、上場後にどのようなガバナンス体制で経営を監督していくのかを説明できる状態にしておくことが重要です。もっとも、IPO審査上、任意の指名・報酬委員会の設置が一律に必須とされているわけではなく、取締役会や社外取締役の活用状況なども含めたガバナンス体制全体としての実効性が総合的に評価されます。
② オーナー企業・創業者企業における牽制機能の補完
IPO準備企業には、創業者やオーナー経営者が強い影響力を持つ会社が多くあります。創業者主導の意思決定は、成長スピードや事業推進力の面で大きな強みになります。
一方、上場会社になると、少数株主を含む幅広い株主の利益を意識した意思決定が必要になります。役員人事や役員報酬が経営者の意向だけで決まっているように見える場合、投資家からガバナンス上の懸念を持たれる可能性があります。任意の指名・報酬委員会を設置し、独立社外取締役を中心に審議する体制を整えることで、創業者や経営陣に対する牽制機能を補完できます。これは、経営者を制約するためだけの仕組みではなく、経営判断の納得性を高めるための仕組みでもあります。
(2)上場準備段階で設置するメリット
① 運用実績を蓄積できる
任意の指名・報酬委員会は、設置しただけでは十分ではありません。実際に開催し、審議し、取締役会に答申し、その内容を記録することが重要です。
上場申請直前に委員会を設置した場合、運用実績が乏しく、実効性を説明しにくい可能性があります。そのため、可能であれば、上場準備の早い段階から委員会規程を整備し、年数回の開催実績を積み重ねることをお勧めします。
審議事項としては、取締役候補者の選任方針、社外取締役候補者の検討、代表取締役の後継者計画、役員報酬方針、業績連動報酬や株式報酬の導入可否などが考えられます。
② 役員人事・報酬決定プロセスを明確化できる
IPO準備企業では、成長過程で役員構成が変化し、社外取締役や監査等委員である取締役が新たに加わることがあります。この段階で、誰が、どのような基準で、取締役候補者や役員報酬を検討するのかを明確にしておくことも重要です。
任意の指名・報酬委員会を設置する場合には、委員会規程を作成し、委員構成、委員長、開催頻度、審議事項、取締役会への報告方法を定めます。通常は、独立社外取締役を中心に構成し、委員長も独立社外取締役とすることが望ましいとされています。実務上も、このような構成を採用する上場会社は多く存在します。
また、代表取締役を委員に含めるか、オブザーバーとして参加させるかについても検討が必要です。代表取締役の情報や評価は有用ですが、指名・報酬の独立性を確保する観点から、関与範囲を明確にしておくことが重要です。
5.終わりに
監査等委員会設置会社において、会社法上の法定の指名委員会・報酬委員会を設置する義務はありません。
もっとも、上場会社としては、コーポレートガバナンス・コード上、指名・報酬に関する独立性、客観性、説明責任を高めることが求められています。
そのため、IPO準備企業では、法令上の義務がないことだけで判断するのではなく、上場後に求められるガバナンス水準を見据えて、任意の指名・報酬委員会の設置を前向きに検討することが望ましいと考えられます。
最後までお読みいただきありがとうございました。本コラムが、IPO準備企業における機関設計や指名報酬委員会の設置要否を検討する際の参考になれば幸いです。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。
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