税制適格ストックオプションの権利行使価額の設定にあたり、残余財産の分配優先権が付された種類株式を発行している場合の普通株式の評価方法
2025年11月14日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼

1.はじめに
スタートアップ企業にとって、優秀な人材の確保に有効なインセンティブ報酬は重要な検討事項ですが、幅広く活用されている報酬制度にストックオプション制度があります。
特に税制適格ストックオプションは、税制上の優遇措置を受けられることから導入しているスタートアップ企業は多いでしょう。
一方、最近の資金調達実務では、ベンチャーキャピタル(VC)などからの出資を受ける際に「残余財産分配優先権」が付された種類株式が発行されるケースが多く見られます。こうした種類株式の存在は、普通株式の評価に複雑な影響を及ぼすため、税制適格ストックオプションにおける「行使価額(=時価)」の適正な算定が実務上の大きな課題となります。
本コラムでは、残余財産分配優先権が付された種類株式が存在する場合の、普通株式に対するストックオプション行使価額の評価方法について、最新の公表された見解に基づき整理し、実務上の留意点を解説します。
2.税制適格ストックオプションの概要
(1)税制適格ストックオプションとは
税制適格ストックオプションとは、所得税法および租税特別措置法に定められた一定の要件を満たすストックオプションのことを言います。通常、ストックオプションを行使する際に生じる株価と行使価額の差額は給与所得として課税されますが、税制適格ストックオプションの場合には、株式譲渡時まで課税が繰り延べられ、かつ株式譲渡益として分離課税(原則20.315%程度)対象となることから、所得税の負担を大きく抑えることができます。
(2)税制適格ストックオプションのメリット
税制適格ストックオプションの最大のメリットは、①課税タイミングの繰延と②税率面での優遇の2点にあります。これにより、付与対象者である従業員や役員にとって実質的な経済的利益が大きくなり、インセンティブ制度としての効果を高めることが出来ます。
- 課税タイミングの繰延
通常の(非適格)ストックオプションでは、行使時に時価と権利行使価額との差額が給与所得として課税されます。しかし、税制適格ストックオプションでは、行使時には課税されず、株式を譲渡した時点で課税される仕組みです(課税時点が繰り延べられる)。
この繰延措置により、キャッシュアウトを伴わないタイミングでの課税を回避できるため、従業員等の資金繰りにとって大きなメリットがあります。 - 所得区分と税率の違い
税制非適格ストックオプションでは、行使差額は給与所得となり最大55%前後(所得税+住民税)の税率が適用される可能性があります。
これに対し、原則として税制適格ストックオプションでは譲渡益として20.315%(分離課税)が適用されるため、場合によっては税率が半分以下になるケースもあり、実質的な手取額の向上につながります。
超過累進税率の関係上、課税負担関係が反転することもあり得なくは無いですが、金額の大きくなりがちなストックオプションの収入においては、多くの場合で分離課税の税率の方が低くなります。

(3)税制適格要件
税制適格ストックオプションとして認められるには、次の要件をすべて満たす必要があります。
- 新株予約権の発行価格:無償で発行されること
- 行使価格:付与時の株価(時価)以上に設定すること
- 付与対象者:会社の役員または使用人等(一定割合の株式を持つ大株主を除く)、一定の要件を満たす外部高度人材であること
- 権利行使期間:付与決議の日から2年を経過した日以後で、かつ10年以内であること(設立5年未満の非上場会社は15年以内)
- 権利行使限度額:1年間に権利行使できる株式の取得価額が限度額以内であること(※)
- 譲渡禁止:オプションの譲渡は禁止されていること
- 保管委託:付与されたストックオプションは信託銀行に保管委託を行う、又は、発行会社自身による管理を行う場合には一定の要件を満たすこと
※年間の権利行使価額限度額
設立5年未満の企業 : 2,400万円/年
設立5年超20年未満の企業(又は上場後5年未満) : 3,600万円/年
設立20年以上(又は上場後5年超) : 1,200万円/年
上記の権利行使価額限度額は以下のコラムでも解説していますので、詳細はこちらを参照ください。
スタートアップ企業の付与する税制適格ストックオプションの権利行使限度額について 2024年改正対応
3.残余財産の優先分配権が付された種類株式の取扱い
(1)スタートアップ企業における種類株式の発行実務
スタートアップ企業がVCから出資を受ける場合、投資契約上、投資家保護の観点から「種類株式」が幅広く利用されています。特に「残余財産分配優先権」が設定されているケースが多く存在します。
(2)残余財産の優先分配権
残余財産分配優先権とは、会社の清算や売却時に投資元本の全額または一定倍率を、普通株主に先立って回収できる権利です。さらに「参加型」の場合、優先分配後も他の株主と同様に残余資産の再分配を受けることができます。
これらの種類株式に対する分配が多くなるということは、普通株主の取り分が減少することを意味し、経済的価値が相対的に下がることに繋がります。
4.残余財産の優先分配権の付与された種類株式の評価上の取扱い
(1)権利行使価額の要件における株式時価算定への影響
税制適格ストックオプションでは、行使価額は契約締結時の株価以上でなければなりません。
この「株価」は、財産評価基本通達に基づく特例方式(純資産価額方式)により算定することが可能とされています。
この点、特に重要なのは上述の残余財産の優先分配権が設定されている場合、普通株式の価値は優先分配権の設定された部分を控除することが可能とされたことにあります。
計算例は以下の通りです。
- 純資産価額:2,000,000円
- 優先分配額:1,500,000円
- 普通株式1,000株、優先株式1,000株
⇒ (2,000,000円-1,500,000) ÷ 2,000株 = 1株あたり250円
このように、優先株式の分配権を考慮すると、普通株式の評価は低くなることが分かります。
(2)1円ストックオプションとの関係
残余財産の優先分配権により純資産価額から優先分配額を控除するとマイナスになる場合、普通株式の評価額は0円とすることも認められ、備忘価格として権利行使価額を1円で設定すれば税制適格要件を満たすことが示されています。
5.終わりに
本稿では、残余財産分配優先権付きの種類株式が存在する場合における、普通株式の評価方法と税制適格ストックオプションの行使価額の設定について整理しました。スタートアップ企業においては、VC等からの資金調達に伴い種類株式を発行しているケースが多く、正確な評価と記録が求められます。
この辺りは非常に深度のある理解が求められ、非適格扱いとなってしまうと経済的に大きく不利な取り扱いとなってしまう可能性がありますので、理解が難しい場合には外部の専門家を利用することも重要です。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。
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