IPOターゲット市場_どの市場を目指す? グロース市場編 上場時の審査基準と維持基準
2025年9月12日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼

1.はじめに
東京証券取引所が創設したグロース市場は、高い成長可能性を有する企業を迎え入れるための市場として設計されました。その背景には、日本のスタートアップや成長企業が資本市場を通じて迅速に成長資金を調達し、グローバル競争力を強化する役割を担うことへの期待があります。
本稿では、グロース市場における「上場時の審査基準」と「上場後の維持基準」に焦点を当て、成長ステージに応じた準備と運用のポイント、そして企業が直面する課題と次のステージへのステップを整理します。資本市場を活用して飛躍をめざす企業にとって、上場はゴールではありません。上場後こそ真価が問われるフェーズなのです。
2.グロース市場とは
(1)東証による位置づけと目的
グロース市場は、主に「高成長期待のあるベンチャー企業・スタートアップ」を対象とした東証の市場区分です。他の市場、例えばプライム市場やスタンダード市場の上場基準では達していないものの、市場参加者からの成長期待が高い企業に対して、資金調達の機会を提供することを目的としています。
(2)対象企業の特徴(ビジネスモデル・収益構造・成長率)
グロース市場に上場する企業は、たとえば新規性の高いビジネスモデル、急速に伸びる売上構成、あるいは将来性に着目された事業の種を持つケースが多いです。過去実績もさることながら、「これからの成長ストーリー」が重視されます。
3.上場時の審査基準
(1)柔軟な形式要件
グロース市場では、過去における「売上実績」や「利益額」に明確な要件が設定されておらず、以下のように柔軟な形式的要件が設けられている点が特徴です。この点からも成長性を重視していることが読み取れます。
- 株主数:150人以上
- 流通株式数:1,000単位以上
- 流通株式時価総額:5億円以上
- 業歴:1年以上(例外あり)
- 上場時点での利益は不要
(2) 成長可能性に関する事業計画とその合理性
グロース市場においては、上場時の審査において「直近の利益実績」が問われることはありません。代わりに、将来の成長性に関する合理的な説明が極めて重要となります。審査で評価されるのは、「成長戦略」です。
審査にあたっては、以下のような観点が詳細に検討されます。
- 市場規模と参入余地の説明
- 競争優位性・差別化要因
- ビジネスモデルのスケーラビリティ
- 売上や利益計画の合理性と前提条件
- リスク要因と対応策
- 一定期間後の時価総額(後述の維持基準で詳細を解説)
これらの要素は、単に「描かれた成長ストーリー」ではなく、定量的なデータと仮説に基づいて構築されているかが問われます。投資家に対して「何故予定のタイミングで上場すべきなのか」、「資金調達をどう成長に結びつけるか」を説明できることが、上場審査の通過において非常に重要な要素となります。
グロース市場の特徴として、上場時の基準もさることながら、その後の成長が維持基準に組み込まれていることから、上場時点において維持基準も十分に意識し、成長を見通しておく必要があります。
4.上場後の維持基準
(1)維持基準の特徴と成長性情報の開示義務
グロース市場の利益や財政状態に対する維持基準の要求は、スタンダードやプライムに比べて緩やかです。しかし、一定期間後の時価総額の成長実績については他の市場にはないハードルが課されていることが特徴です。これについての詳細は、後段にて解説します。
また、「成長性に関する情報」の開示義務が継続的な義務として課されていることも特徴の一つであると言えます。
(2) 「成長可能性に関する資料」の継続開示義務と留意点
上場後も、一定期間ごとに事業の進捗や成長戦略の更新情報を開示する義務があります。開示資料は形式的な提出ではなく、以下のような観点において継続的な点検が必要です。
- 公表したKPIとの乖離や理由の説明
- 計画修正の妥当性と投資家への誠実な説明
- 新たな市場動向に対する戦略的調整の有無
(3) 時価総額に関する現行基準と将来予定
グロース市場の特徴的な維持要件として、企業の成長性を重視する市場特性に鑑み、一定期間内に事業計画が企業価値(時価総額)として結実しているかが判断基準とされています。
- 現行基準:上場後10年が経過した時点において、時価総額が40億円以上であることが求められます。これは、上場時に提示された成長戦略や将来計画が、一定の成果として市場評価に反映されているかを確認するためのものです。
- 将来的な基準:現在、制度改正が予定されており、2030年以降は上場後5年時点で時価総額が100億円以上であることを求める新たな基準の導入がされる見込みです。これにより、より短期での成長実現が求められる流れが本格化する可能性があります。
将来的に導入が検討されている「上場後5年で時価総額100億円以上」という基準は、グロース市場における成長企業にとって大きな影響を与えることとなるでしょう。現在の40億円(10年基準)に比べて、より短期間で、かつ大きな企業価値の実現が求められることから、事業計画の精度や実行力、資本政策の巧拙が今まで以上にシビアに問われるようになります。この新基準は、グロース市場の性質を大きく転換させる可能性のある、極めて影響の大きい変更であり注意が必要です。
グロース市場へ上場するということは、上場時点では市場の要求はまだ満たされてないう認識が必要です。
あくまで上場地点ではまだ入り口であり、事業計画で示した目標をこれから達成することが求められているのです。
5.審査基準と維持基準の隔たり
グロース市場は、成長企業に資本市場への早期アクセスを提供することを目的としており、上場時の審査基準は比較的緩やかに設計されています。これは、将来の成長可能性を重視する市場特性に基づくものであり、上場時点では他の市場に比べ企業の収益性や規模に対する厳格な要求はありません。
しかし、こうした緩やかな入り口とは対照的に、上場後には一定の期間が経過した時点で、市場における企業の成長実績が問われることになります。審査基準と維持基準の間にはこのような構造的なギャップが存在し、上場自体は実現しやすい一方で、その後の成長成果を証明できなければ、上場が維持できなくなるのがグロース市場の特徴です。とりわけ、近年では制度改正の動きもあり、企業に求められる水準はより高く、達成までの期間も短縮される方向で見直しが進められています。
このように、グロース市場は上場時の門戸が広く開かれている反面、上場してからがその真価を問われる市場であるといえるでしょう。
【グロース市場における上場時審査と上場後維持の要件比較】
| 項目 | 上場時の審査基準 | 上場後の維持基準 |
| 株主数 | 150人以上 | 150人以上 |
| 流通株式数 | 1,000単位以上 | 1,000単位以上 |
| 流通株式時価総額 | 5億円以上 | 5億円以上 |
| 上場一定期間経過後の時価総額 | - | 現行基準:上場10年経過後40億円以上 2030年以降(予定):上場5年経過後100億円以上 |
| 事業継続年数 | 原則1年以上(例外あり) | - |
| 利益実績 | -(赤字も可) | -(赤字も可) |
| 成長可能性に関する資料(開示) | 上場時に提出必須 | 継続的な開示義務 |
6.グロース市場から先へ進む戦略
(1)他市場への市場変更の要件と意義
成長を重ねた企業がさらなる信頼と資金調達の機会を得る目的でプライム市場やスタンダード市場への移行を検討する企業も存在します。ただし、その際には利益基準や流通株式の条件を満たすだけでなく、ガバナンス体制の強化と開示の高度化等、再度審査を受ける必要があります。
また、市場の要求する時価総額を満たす目算が立たないことを理由に市場変更を行うケースもあります。
この場合、通常はプライム市場ではなく、スタンダード市場又は他の市場に変更することが多いと思いますが、その場合であっても再度審査を受けなければならないことに違いはありません。
(2)成熟企業としての体制整備
スタンダード市場やプライム市場で求められるガバナンス・開示体制などは、制度的にも実務的にも高度です。
将来の市場変更を視野に入れる場合、内部統制やIR機能、社外取締役体制の整備、人材育成などを早期に進めることが、その後のステップアップにつながります。
7.終わりに
グロース市場は、成長企業にとって大きな挑戦と機会を同時に提供する場です。
しかし、上場を果たすこと自体がゴールではなく入り口であるという側面が他の市場よりも顕著であり、上場後に「期待された成長」を継続的に示し続けることこそが真の評価へとつながります。
この側面をよく表す要求として、一定期間内に一定規模の時価総額を達成する必要があるというハードルが設けられています。グロース市場は単に上場するだけではなく、実際に成長を実現するところまでがセットであることを示しています。
特にこの要求水準はこれから高まる見込みであり、上場の時期、上場後の時価総額の見込みを踏まえた戦略が必要となります。
本稿が、グロース市場を活用する企業やこれから挑む成長企業にとって、資本市場活用の足がかりとなれば幸いです。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。
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