IPO準備における株主構成と安定株主の考え方 資本政策に基づく長期視点の設計とは
2025年12月12日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼

1.はじめに
IPO(新規株式公開)を目指す企業にとって、資本政策の策定は特に重要な戦略の一つです。
資本政策とは、企業が成長戦略や上場を見据えて、誰から、いつ、どのような手段で資金を調達するかを計画するものであり、企業統治の構造そのものといえます。
その中でも株主構成の設計は、経営支配に直接関わる要素として特に注意が必要です。株式を保有する株主は、会社の最高意思決定機関である株主総会において議決権を行使する立場にあり、その構成は企業の意思決定に直接的な影響を及ぼします。誰がどの程度の株式を保有しているかという比率は、経営体制の安定性や支配関係にとって重要な意味を持ちます。
また、株主構成は上場審査においても重要な確認項目の一つとされており、特定の株主に偏りがある場合や、関係当事者間で過度に議決権が集中している場合には、ガバナンス上の課題とみなされる可能性があります。こうした視点を踏まえ、上場を目指す企業には、早期の段階から株主構成を意識した計画的な設計が求められます。
本コラムでは、資本政策の一環としての株主構成の考え方、安定株主確保の実務対応、上場後を見据えた株式のバランス設計について解説します。
2.株主構成の基本とIPOへの影響
(1)株主構成とは何か
株主構成とは、企業が発行した株式を誰がどの程度保有しているかを示すものです。
スタートアップ企業やベンチャー企業では、未上場企業では創業者や経営陣の保有比率が高くなる傾向にありますが、資金調達によって外部株主が参画し、株主構成は上場までの過程で変化していきます。
株式を保有する株主は、会社の重要事項を決定する株主総会での議決権を持ち、その構成は企業の経営判断に直接関わります。したがって、資本政策においては、単なる資金調達の手段としてではなく、将来的な株主構成や株主属性との関係性を含めて検討することが求められます。
資本政策は、資金調達とその結果の株主の変化を戦略として明確にしたものであるといえます。
(2)上場審査における株主構成の課題
株主構成に関して、上場審査では以下のような点が確認されます。
- 流通株式の比率と株主数の基準
執筆時現在、上場市場ごとに流通株式比率や流通株式数に関する基準が定められています。東京証券取引所における市場区分ごとの主な条件は以下のとおりです。市場区分 流通株式比率 流通株式数 グロース市場 25%以上 1,000単位以上 スタンダード市場 25%以上 2,000単位以上 プライム市場 35%以上 20,000単位以上
- 特定株主への依存の度合い
株主構成が一部の特定株主に偏っている場合、少数株主の権利保護やガバナンスの公平性の観点から、改善を求められることがあります。上場企業は「パブリックカンパニー」として多様な投資家の信頼を得ることが前提とされており、特定の個人または一族のための「プライベートカンパニー」とは一線を画すことを要請されることから、特定株主が過度に株式を保有する場合、その性格にそぐわないと評価される可能性があります。 - 議決権の透明性と関係会社との支配関係
関係会社や親族間で株式が集中している場合、議決権構成の透明性や支配関係の妥当性について、必要に応じて開示や説明が求められることがあります。前述の理由と同様、株式が分散していることは重要です。
これらの観点を踏まえ、上場後の経営を安定的に継続するためにも、株主構成は計画的に構築していくことが求められます。
3.安定株主の役割と設計
(1)安定株主の定義と役割
安定株主とは、企業の株式を中長期的に保有し、経営支援を継続して行うことが期待される株主を指します。代表的な安定株主には、以下のような属性があります。
- オーナー経営者・役員
- 従業員や従業員持株会
- 長期的な取引関係にある取引先
- 金融機関や地域ファンド
安定株主の存在は、上場後の企業経営において、意思決定の一貫性や持続性を支える役割を果たします。
また、株式の短期売買による影響を受けにくく、議決権の安定した行使が期待できるため、企業としても経営の見通しを立てやすくなるメリットもあります。
ただし、安定株主が多ければ多いほど良いというものではありません。
例えば、政策保有株式(いわゆる持ち合い株式)のように、ガバナンスの形骸化を招くと判定される場合には、審査上、問題視される可能性があります。
上場後においても政策保有株に対するガバナンス形骸化の視点は強まっており、注意が必要です。
(2)実務上の対応策
安定株主を確保するために、上場準備段階で以下のような取り組みが行われることがあります。
- 従業員持株会制度の導入
- 資産管理会社の活用
- 第三者割当増資における配分設計
- 相続・贈与を活用した株式移動の計画
これらの施策は、長期保有の促進や議決権の安定化、事業承継の円滑化などに役立ちます。
(3)上場審査との関係
上場審査においては、株式の移動履歴や安定性も確認対象となります。
特に上場直前期における株式譲渡については、継続保有の意思や背景事情を含めた説明が必要となる場合があります。また、主幹事証券会社や取引所との調整のもと、ロックアップ契約が設定されることも一般的です。
(4)安定株主が少ないことの問題点
安定株主の比率が低い場合、企業経営におけるさまざまな側面に影響を及ぼす可能性があります。以下に代表的なリスクを整理します。
① 株価の変動リスク
安定的に保有される株式が少ないと、一般投資家による売買の影響を受けやすくなります。
これをもって悪いという訳ではありませんが、結果、株価が短期間で大きく変動しやすくなり、企業の本質的な価値とは関係のない投機的な値動きが生じることもあります(ボラティリティの上昇)。
② 経営の持続性・安定性への影響
株主構成が流動的になることで、株主総会での議決権行使が不安定になりやすく、経営方針の急な転換や敵対的買収のリスクが高まる可能性があります。安定株主の存在は、長期的な経営判断を可能にする環境整備に寄与します。
③ 社会的信用力への影響
安定株主比率が低い場合、「企業を長期的に支援する株主が乏しい」と受け取られることがあり、取引先や金融機関との関係構築において不利に働くことがあります。
これらは企業の状況によって程度の差はありますが、いずれも企業経営における安定性や信頼性に関わる要素といえます。
4.株主構成のシミュレーションと注意点
(1)経営支配と資金調達、上場基準のバランス
上場を目指す企業にとっては、外部からの資金調達を行いながらも、自社の経営に対するコントロールを適切に保つことが重要です。そのためには、株主構成や議決権の分布に配慮しつつ、上場基準として求められる流通株式比率や株主数などの要件も満たす必要があります。これらのバランスを踏まえた資本政策の設計が求められます。
完全希薄化ベース(将来的な株式発行可能性を含めた前提)での持株比率や議決権構成を整理し、必要に応じて資本政策表を作成しておくことが実務上有効です。
(2)フェーズごとの構成変化と設計
企業の成長段階によって、株主構成は次のように変化していきます。
- 創業期:創業者および共同創業者中心の構成
- 成長期:エンジェル投資家やVC(ファンド)の出資が増加
- 上場準備期:外部株主とのバランス調整および安定株主確保
- 上場後:一般投資家の参入による市場型構成へ移行
このような時系列的な変化を見据え、段階的に対応していくためには、持株比率や株主属性を定期的に見直し、長期的な株主構成の在り方をあらかじめ設計しておくことが求められます。
5.終わりに
株主構成は企業のガバナンス体制の根幹であり、資本政策の一環として慎重に検討すべき事項です。特に、新株発行等の資金調達実行後は、株主構成の修正が難しくなることから、上場準備の初期段階から安定株主の確保や議決権の分布を意識した対応が必要です。
また、上場審査においては、株主構成の偏りや支配関係の不透明さが課題とされることもあるため、企業の公開性や健全性の観点から、透明性の高い株主構成を構築する姿勢が求められます。
株主構成の設計は、「誰と上場を迎え、誰と将来を共にするのか」という経営上の意思決定でもあります。戦略的かつ計画的な株主構成の構築を通じて、持続的な成長に向けた強固な経営基盤を整えることが期待されます。
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