M&Aの情報を従業員に伝える?伝えない? 売り手企業にとってのM&A関連情報の社内共有の時期、範囲
2025年12月19日更新
上浦会計事務所
公認会計士・税理士 上浦 遼
結果の活用とMA戦略-300x226.png)
1.はじめに
近年、事業承継や成長戦略の一環として、M&A(企業の合併・買収)を検討・実行する中堅・中小企業が増加しています。M&Aは企業の将来を左右する重要な経営判断であると同時に、従業員にとっても職場環境や雇用条件に関わる可能性のある出来事です。
そのなかで注意を払わなければならないのが、「M&Aに関する情報を、社内でどのように扱うか」という点です。
誰に・いつ・どのような情報を開示するかによって、社内の受け止め方が大きく変わり、結果的にM&Aの成否にも影響を与えることもあります。
本コラムでは、売り手企業におけるM&A情報の社内での取り扱いについて、メリット・デメリット、情報共有の対象や範囲などの観点から、実務上のポイントを解説します。
2.M&A情報を社内共有するメリット
(1) 従業員の不安軽減と信頼構築
M&Aの過程において、売り手企業の従業員にとって気がかりなのが、「M&Aによって自分立の雇用や待遇がどうなるのか」という部分です。こうした不安に対して、経営陣が誠実に考えや方針、関連情報を開示することは、従業員との信頼関係を築く上で有効に働く場合があります。
ただし、情報開示には慎重さも求められます。
早い段階で情報を開示し過ぎると、交渉が不成立に終わった場合に混乱や不信感を招く可能性があったり、早期離職につながったりすることがあります。
(2) 所管部門責任者やキーパーソンの協力体制
M&Aにおいて、売り手企業は買い手企業に対して財務・法務・人事・ITなどの情報に提供する必要があり、これらの情報を所管する部門の責任者やキーパーソンの協力がなければ、M&Aの交渉において障害となってしまう可能性があります。
特にデューデリジェンスでは細かな情報も検証することから、経理部門等の協力が無ければ調査が滞ってしまい、M&Aの成否に直結してしまうこともあります。
また、キーパーソンの継続的関与は、買い手企業にとっても大きな関心事項です。キーパーソンの継続関与の意向を確認するためにも、情報開示を検討することは大切です。
これらキーパーソンと呼ばれる方々とは、NDA(秘密保持契約)を締結の上、M&Aにおいて必要な情報を共有することも検討が必要です。
(3) PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の準備がしやすくなる
M&A後には、業務統合やシステム統一など多くの変化が発生します。従業員の理解と協力を得るためにも、一定の情報は成約前から段階的に共有しておくことが望ましいといえます。
3.M&A情報を社内共有するデメリット
(1) 情報漏洩リスクの高まり
M&A情報は機密性が高く、漏洩した場合の影響も重大です。
情報がどの経路から漏れるかは予測困難であり、M&Aに関する情報を共有する場合には、徹底した情報管理体制が必要です。
(2) 従業員の動揺・離職リスク
M&A情報は、一部から企業の「身売り」と受け止められることがあり、不安や誤解を招く可能性があります。
とくに優秀な人材の早期離職は、企業価値そのものにも影響を及ぼすため注意が必要です。
最近のM&Aでは人材に着目したケースも増えています。人材流出のリスクは決して低くないものという認識が必要です。
(3) 社内の混乱や誤解の発生
M&Aの交渉が破談に終わった場合など、情報を一度開示した後のコントロールは困難です。
憶測や誤情報が広がり、組織の一体感を損なう可能性があります。
4.社内共有する対象者と情報開示の範囲
(1) 情報開示を行う対象者
M&Aの初期検討段階においては経営者(経営陣)、オーナー(株主)のごく限られた範囲で非常に閉鎖的な環境下で検討を行うのが一般的です。また、株主と経営者が分離しているケース等、買収価格等の情報を経営者に伏せるといった場合もあり、株主、経営陣(取締役など)の中でも個人別に開示する情報の範囲が変わり、慎重な判断が求められます。
株主、経営陣以外へ情報共有をする場合であっても、一部のキーパーソンのみに限られます。
M&A進行上どうしても協力が必要なメンバーには、ある程度趣旨を伏せて情報提供に協力してもらうか、場合によってはNDAを締結するということも考えられます。
基本合意後など、検討が進むにつれて、キーパーソン等に情報共有をすることが増えてきます。
M&Aに関する情報は、M&Aの交渉が進むにつれて情報共有対象者の範囲が広がっていくのが一般的であり、検討が進むにつれて情報共有を行わないデメリットが増えてきます。
なお、情報共有する対象者、どの情報を共有するのかは、買い手企業の意向も重要ですが、比較的売り手企業の意向が重視される傾向にあります。自社の従業員等のことをよく理解しているのは売り手企業ですので、M&Aの情報がどのように受け止められるのか所感も踏まえつつ、慎重に判断することが必要です。
(2) 情報開示を行う時期
情報開示のタイミングは「情報の重要性と確度」と「影響の度合い」に応じて慎重に判断します。
- 検討初期段階では非開示(経営者、オーナー等に限定)
- 基本合意後はNDA締結のうえで一部の関係者に限定開示(キーパーソン等)
- 成約直前・直後には全従業員への丁寧な説明を実施(全従業員等)
キーパーソンに情報を伝えないことで、デューデリジェンスが滞り、交渉自体が頓挫するケースもあります。情報共有の有無はM&Aの成否にも影響する非常にセンシティブなものです。
また、買い手企業とすればキーパーソンから継続関与の意思を確認しないままM&Aの交渉を進めることはリスクと捉えられます。この辺りは買い手企業の意向にもよりますが、然るべきタイミングで情報共有を求められ、キーパーソンの継続関与が見込めるか意思確認が必要となるケースは珍しくありません。
(3) 情報共有の対象範囲
共有対象とする情報の範囲は「誰に・いつ」伝えるかによって判断が分かれます。
- 従業員全体に共有が望ましい情報
雇用条件の変更有無、勤務地、勤務体系、組織体制、買い手企業の概要、M&A後の基本方針(ブランドの維持、雇用継続方針など) - 従業員全体に開示を避けるべき情報
買収金額、株主利益、役員退職金など。従業員の業務に関係しない情報など
情報の過不足は社内不安につながるため、「時期」「対象者」「情報の範囲」の3点で開示範囲を調整することが重要です。
【M&Aの進行段階に応じた社内情報開示のまとめ】
| M&Aの進行段階(時期) | 情報共有の対象者(対象者) | 主な共有内容(情報の範囲) |
| 初期(検討・打診段階) | オーナー(株主)、経営陣など | M&Aの基本的な取引条件(買収価格、役員退職金等)など 特に閉鎖的な環境で検討が行われ、株主、取締役などの経営陣の中でも情報共有の範囲を個別に判断する必要がある。 |
| 中期(基本合意後〜監査中) | 関連部署責任者、キーパーソンなど | デューデリジェンス対応に必要な内部情報、キーパーソンの継続関与意思確認 |
| 最終段階(成約確定前後) | 組織全体(全従業員) | 雇用・処遇の変更有無、M&A後の基本方針、組織体制など |
5.終わりに
M&Aは企業にとって重大な経営判断であり、従業員の関心も高い事柄です。
このM&Aに関する情報は非常にセンシティブなものであり、共有することで人材流出のリスクなどがある反面、最後まで情報共有を行わければ良いというものでもありません。
M&Aに関する情報共有は、タイミング、共有対象者、共有する情報の範囲を慎重に判断し、個別案件ごとに判断が必要な重要課題であるといえます。
当コラムの意見にあたる部分は、個人的な見解を含んでおります点にご留意ください。
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